じゃがいもの発芽日記

じゃがいもが発芽したよ

思ったよりも深い傷

「最悪だ」

目覚めてすぐに、そうつぶやいた。

見たくもない夢を見た。

離婚してから大分たつのに、そんな夢を見たのは初めてだった。

そこには自分がどんなに憎んでいて、どんなに復讐したいと願っているのかが、ありありと映っていて、目覚めた瞬間から陰鬱な気分になった。

娘を保育園に送って行って、それから母親に向かってこう言った。

「最悪な夢をみた」

保育園に送っていく間も、ぐるぐると回る負の感情に振り回される。

そして「どれだけ向こうのこと考えているんだよ」と突っ込みを入れたくなるほどだ。

でも、その突っ込みをいれた瞬間から、自分のことを考えよう、と意識をスライドすることに成功したことに、少し成長を感じる。

母は、嫌~な顔をしている私に向かって笑った。

「まぁ、仕方ないね」

私は言葉通り、ごろんごろんと部屋を転がった。

しばらく悪態をつきながら、転がって、適度な運動をすることでストレスを発散しているのだ、と説明する。

ようやく落ち着いて起き上がると、母は「あと六年はかかるだろうね」と言った。

私は、うへぇ、と露骨に嫌な顔をして、本当にむこうと顔を合わせたくない、とため息をついた。

「合わなかったら、三年くらいで忘れられるようになるかもね」

でも無理ね、と苦笑する。

娘がいる以上、面会させなければならない。

面会させたくない、とふてくされると、母は冷たい目線で私に言う。

「メリットだけを享受して、デメリットは得たくないというのは無理があるのでは?」

正論だ。

まごうとなく正論である。

私は仕方なく、はい、と返事する。

 感情というのは面倒だ。

いつもそれに振り回されて、心はジェットコースターのようである。

元気になれる日もあれば、激しく落ち込む日もある。

激しく落ち込んだ日には、家に引きこもっているし、元気な日はおかしいほどにテンションが高い。

壊れているのではないか、と思うときがある。

壊れているのかもしれない、とも思う。

言われた言葉が頭から離れずに、苦しい日がある。

どんどんどんどん、自分を追いつめてぎゅうぎゅうにしていってしまう。

そうすると、考えることが難しくなってくる。

自分の輪郭がぼんやりして、真っ暗な闇に溶け込んでしまったように感じる。

暗闇から手が伸びて、何かをしているような、そんな感じだ。

何もかもが億劫で、何もしたくないときがある。

でも、目の前にはそれを許さない娘がいる。

娘の世話をしなければ、と思うと、私の体は輪郭を取り戻していく。

母が言っていた。

「強い人にとって子どもは邪魔になるけれど、弱い人にとっては支えになるのかもね」と。

本当にそうだと思う。

私一人だったら、悲しみに押しつぶされて、自分をボロ雑巾のように扱ったに違いない。

それをしないのは、娘の存在が大きい。

私はこれから、一人で子供を育てていかなければならない。

 

だから、いろんなひとに、迷惑をかけて生きて行こうと決めた。

正確に言うと、助けてもらって生きて行こうと決めた。

ひとりで出来ることには、限界がある。

ひとりで頑張ったって、誰も褒めてくれない。

最初は、ひとりでやらなければ、誰も認めてくれない、褒めてくれないのだと思っていた。

そして、私は誰に認めてほしいのだ、分かってほしいのだ、と思って、また絶望した。

私の中にある、他人への承認欲求とかそういうものが、いつも私の邪魔をする。

それは幼児的願望から来ているのかもしれないし、そうでないのかもしれないけれど、私にとっては大変に重たいものだ。

これを捨てたい。

たまに。

恥ずかしいことだが、たまに、元夫とやり直せたら、と思う瞬間がある。

その時、私は逃げているのだ、と思う。

成長することよりも、今の自分と同じ程度の人間と一緒にいることを選択しようとする。

その方が楽だからだ。

私は成長したい。

この経験を生かしたいのだ。

そうしなければ、傷ついた気持ちも、苦しい日々も、何にも意味がなくなってしまう。

だから、もう元夫のことを思ったりするのはやめようと思う。

成長したい。

本当に成長したいのだ。

 いつかこのブログを読んだ私が、成長したな、と思ってくれることを切に願う。

そのために、私は、今、できることを考えなければならないのだ。

成長する自分のために、今、できることを探さなければならない。

 

一年後の私は、成長していますか。