じゃがいもの発芽日記

じゃがいもが発芽したよ

荒野

朝起きて、カーテンを開ける。

日差しは柔らかくて、春の風が心地よい。

それなのに私の心は、硬く凍ったままで自分だけが季節に置いて行かれたような気持になった。

 

ひどい言葉を、たくさん投げかけられた。

 

思いだすたびに、凍った心がきしきしと嫌な音を立てた。

そのひび割れから、血のような液体がじわりと滲んでいき、胸に、肺に、溜まっていくような気がした。

呼吸が、苦しかった。

思いだすと、動悸がした。

ばくん、ばくん、と唐突に心臓が大きく動いているように感じる。

あぁ、苦しい、と私は胸を押さえる。

どうせなら爆ぜてしまえばいいのに、と思う。

「何がしんどいの?」

そう彼は言った。

何が、と言われて、どうしてわからないのだろう、と思った。

あなたが不倫をして、私も、娘も、捨てたからでしょう、と。

でもなぜかそれを言っても伝わらない。

どんなに言葉を尽くしても、どんなに言葉を重ねても、まるで通じなかった。

同じ人間で、同じ日本に生まれて、同じ言語を操ってるはずなのに、ついこの間まで一緒に暮らしていたはずなのに、こんなにも通じない。

私たちは、今まで何をしてきたんだろうね、と言葉にならない思いだけが、ごろりと足元に転がった。

そのうちに、彼は出て行って、私と娘は二人になった。

知らなければよかったんだろうか、気づかなければよかったんだろうか。

私は突然、広い荒野に置き去りにされたような気持ちになった。

昔、さらわれた若い女の子が高速に置いて行かれたニュースを思い出した。

その日は夏祭りだったそうで、女の子は甚平を着ていたそうだ。

ニュースでそう聞いただけなのに、鮮やかな甚平の柄を勝手に思い浮かべていた。

楽しみにしていた夏祭りの日、真っ暗な夜の高速に置き去りにされる気持ち。

その落差に、このニュースは私の頭の片隅にこびりついている。

置き去りにされても、私は歩かなければならない。

置き去りにされた彼女のように、誰かが助けてくれるわけでもない。

そうして私はシングルマザーになった。

これは私が、荒野を歩いて、どこまで行けるのかを記録したお話。